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同窓会長の金成秀幸氏から、100周年記念行事の記録写真を撮るように依頼され、式典と祝賀会の写真を撮影しました。シャッターを切りながら、100年と言う時間を漠然と考えていました。自分が高校生の時には、100年と言う時間は、途方もなく長いと思っていました。しかし、私は現在75歳になり、100年と言う時間を短く感じるようになりました。私が生まれる25年前に足立高校が誕生し、今年で100年目となると、足立高校が人格を持った大先輩のように感じてしまいます。話は変わりますが、たまたまテレビを見ていたら、今年は忠犬ハチ公生誕100年とのことでした。多くの観光客がハチ公の前で記念写真を撮っていました。海外からも多くの人が来ていました。足立高校と忠犬ハチ公が同じ歴史を刻んできたのかと思うと、100年と言う時間が身近に感じられます。
式典の会場には、授業の一環とのことで全校生徒が参加していました。会場入り口では、先生方が、「式だからネクタイちゃんとして!」と連呼していました。(写真1 会場入り口風景)
私の時代は詰襟の服でしたから、襟のフックをかけるように指導されていたことを思い出しました。昔と決定的に違う風景は、式典が始まる前には全員がスマホをいじっていたということです。私の時代は家の黒電話で、携帯電話はSFの世界でした。(写真2 待ち時間の風景)
足立高校が誕生した時には、商売をやっている家は別として、一般家庭では、黒電話すらなかったように思います。
生徒の舞台発表でダンスが披露されました。(写真3 ステージのダンス発表)
躍動感のある、若さ溢れるダイナミックなパフォーマンスに感動しながら、自分たちのダンスはどうだったかと振り返ると、それは体育祭の盆踊りでした。左端が私です。(写真4 盆踊り)
部活動の写真も紹介されました。(写真5)
洗練されていてなかなか格好いいですね。一方私の時代はジャージで、当時からダサイと思われていました。(写真6)
式典の時の金成会長の表情は硬かったのですが、祝賀会では新しい校旗の寄進と、返済不要の弥生野奨学金の創設という大任を果たした安堵感が感じられました。(写真7 金成さん)
不思議なもので、一度も出会ったことの無い、先輩や後輩にあたる人たちと、すぐに打ち解けて談笑できるのが同窓会の良いところですね。あの日、あの時を、あの場所で過ごしたという素朴な連帯感がそうさせるのでしょう。
会場には、体育科の山口智司先生がいらっしゃいました。(写真8 山口先生)
先生は、今年卒寿になられたそうです。今でも精悍なお顔立ちで、イメージは当時とあまり変わっていませんでした。大学卒業以来30歳から60歳までの30年間を足立高校で勤務されたそうです。私の在学時代は青春真っ盛り、その時先生は新進気鋭の青年時代と言うことになります。足立高校100年の歴史の中のたったの3年間に、実に多くの生徒と先生が出会い、お互いに影響を受けて、人生を切り開いてきたことを思うと、母校は壮大な歴史の舞台なのだと思いました。
祝賀会の最後は、校歌の大合唱で締めくくられました。(写真9)
「♪さやかに 荒川の 碧も深き岸辺♪」と全員が大きな声で歌い出すと、会場は青春時代を彷彿とさせる雰囲気になりました。地球規模の気候変動、ウクライナやパレスチナの戦況を見るにつけ、在校生がこれから歩む道は平坦なものではないかもしれません。しかし、校歌には「嵐荒ぶも 友よ手をとり固く 幸みてるかぐはしき 朝想ひて 雄々しく自由を守り 共に進まん」とあります。在校生も、そして同窓生も、この言葉を胸に秘めて、素晴らしい人生を築いてほしいと思います。 |
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